先祖供養「供養」とは、僧霊(亡き人)に供物を供え、僧侶がお経を読む事が供養であり、その善行が自他ともに救われて行く事です。
今の私たちにとって先祖供養とは幸せになるための一番の基本です。私たちに霊的な障害・霊的な現象と言うかたちでメッセージを送っていられる方は、この世に未練を残し納得できずに「事故・変死・戦死・自殺」などで亡くなったご先祖様を成仏していただくためにも供養が必要なのです。
霊谷寺では、ふびんな死をとげられ納得できずに亡くなられたご先祖様の供養や若くして亡くなられた知人、友人、縁者、気にかかる方の供養も行っております。
先祖供養
霊谷寺では、法華経の経典を用いて先祖供養を致します。先祖供養「供養」は○○家、父方母方、というお塔婆を設え、私たちがこの世に生まれてこられた事に感謝をいたします。ご先祖様の中には「ふびんな死」をとげられて亡くなった人の霊、「まだ生きていたかった」という霊、自分が死んだことに「納得が行かない」人の霊、「亡くなってお墓も無く誰も供養してくれない」人の霊(無縁さん・無縁仏)などいらっしゃいます。これらの亡くなった人の霊に対して、霊界で安楽の道に進んで行かれますようにと先祖供養・供養(お経)が必要なのです。人間は生きている以上、良いこと悪いことがあると思いますが、良いことがあればご先祖様のご守護、悪いことが続けば「ご先祖様のメッセージ」だと思っても過言ではないでしょう。
お墓参りに行くということは、とても大切な事です。しかし、お墓にお参りしただけで終わってしまったらせっかくの善行も半減してしまいます。正しい供養とは、「墓参り」「お経」「お塔婆」「供物」です。そのためにも正しい先祖供養「供養」をお願いいたします。だからこそ「菩提寺」「僧侶・住職」が存在するのではないでしょうか。
※宗派によってお塔婆を立てないところもあります。
先祖供養の功徳
霊谷寺での先祖供養は、お経を読み上げる際に追善回向を読み上げます。「追善回向」(ついぜんえこう)とは、生きている方が一方的にご先祖様に供養をしていると思われるでしょうが、そうではありません。
仏典には「七分獲一」(ひちぶんぎゃくいつ)と言う教えがあります。「故人のために福を祈れば七分のうち一分をうるなり」つまり、故人は七分のうち一分の功徳で、残りの六分は功徳を施した方にさし向けてくださると言うことなのです。昔から先祖供養(追善供養をする家は繁栄する)といわれておりますが、巡り巡って功徳がさし向けられているからではないでしょうか。


